南西レコード

カテゴリ:文化的な何か( 10 )

煙草流れ2

「喜びも悲しみも、すべてを包んで人の心を癒してくれるのが煙草の煙だったわけよ。それが今では悪者扱いされて、煙草が好きなおばーなんかはみんな悔しがってるさあ」

ってのは、シマにいる私の祖父の弟の嫁さんにあたるおばあさん(86歳)の台詞。粋です。

かまどぬふつぬ あーぱーま (かまどの傍らにいるおばあさん)

のーどぅのーどぅ うまさーる (何が、何が美味しいですか?)

たばくふきば きぶさーる (煙草をふけば煙たいよ)

ちゃーゆぬみば すぶさーる (お茶を飲んでも渋いだけ)

のーどぅのーどぅ うまさーる (何が、何が美味しいですか?)

たばくぬすたぱどぅ しかっとぅ うまさーる
 (煙草の草の、下の方の
                           草がとっても美味しいんだよ)

これはそのおばあさんからさっき教えてもらったわらべ歌の歌詞です。
月の美しゃ(つくぬかいしゃ)のような旋律で歌います。

うーん、やっぱ私は煙草の煙は嫌いになれないです。
なんかステキです。

というわけで再貼り付け。
「嫌煙運動」という神経症

参考:煙草流れ
[PR]
by kooheeee | 2011-02-08 22:35 | 文化的な何か

煙草流れ

今日から煙草が値上がりしたみたいですね。

お暇な方はこれ読んでみてください。

これ
も。

私は特に喫煙者ってわけでもないでもないでもないでもないでもないでもないでもないでもないですが、煙草の煙はそんなに嫌いではないので、なんとなくリンク貼り付けです。


なんかなー。近頃煙草は嫌われ者だけど、それでもそれなりに歴史のある文化の一つですよね。歌にもよく詠まれてますしね。

船浮みやらびぬ 御情けの煙草 肝に吹き染めて 伽にしゃびら

とらさんながねなんて 吹てぃもゆる煙 どこのまごじょめが たよら煙草

夜中目ぬさみてぃ 眠ぶららぬ時や 火鉢取り寄してぃ 吹きゅる煙草

煙草てなん草や 苦草どぅやしが うり吹きゅる恋人や 勝さてぃかなしゃ

 
だいぶ風情あります。


まあ、吸わなくても病気になる人はなりますもんね。
煙草吸ってても長生きする人は長生きする。
実際のとこどうなんでしょうね。
うちのシマにいる最高齢のおばあさん(103歳!)も、未だにキセルで煙草を吸っているらしい。かっこいいなー。


で、ちょっと前に沖縄で一緒に仕事をしていた80歳くらいのとあるおばあさんは、

「私が煙草を吸い始めたのは30歳になってから。当時胃の痙攣が酷くて、それを抑えられるから、と人に勧められて吸うようになった。そしたら胃痙攣は無くなった。私は煙草が無いと生きていけないよ(笑)」

と言ってました。

煙草にまつわる話もいろいろですね。
[PR]
by kooheeee | 2010-10-01 22:38 | 文化的な何か

初、白保の棒術。

十五夜ですねー。
次第に秋の気配の今日この頃、今年もあっというまに中秋で名月で十五夜です。
南西レコードです。

さて、隣り村である白保の棒術を観てきましたよ。初めてです。
白保では十五夜に棒術が奉納されるそうで。
a0147023_22113583.jpg


まずオーセー(村の番所跡)で奉納して、その後は公民館に移動しての棒術演武会でした。
そしてその演武会の後には白保の村を挙げてのカラオケ大会でした。ステキです!

八重山では棒術を伝えている集落がけっこうあって、もちろんみんな自分のシマの棒が一番だ!とおっしゃいます。もちろんうちのシマもそうですし、私もそう考える一人です。うちのシマの棒はマジでかっこいいですよ!!みんな観に来て下さい!!
…って気持ちももちろんありますが、白保の棒術もかなりかっこよかったです。
a0147023_22121113.jpg

白保の棒は「畳一畳の上で演武される」と表現されるそうです。その言葉通り、激しくもどこかコンパクトで無駄が無い、非常に独特な動き。なんだか観ていて癖になります。

うちのシマでは見られない「シュマキ(潮巻き)」の動きも良かったです。


さて、うちのシマでは再来週の結願祭で棒が打たれます。信じられませんが私も打たさせていただきます。
人生頑張ろう!
[PR]
by kooheeee | 2010-09-22 21:52 | 文化的な何か

名護市嘉陽の「キョウ」を見に。

童謡で名高い動物、アイアイ。
現地マダガスカルでは不吉な動物で、「アイアイに指をさされたら死ぬ」と言われてるそうです。

オサールサーンダヨー(・∀・)♪

というとっても役に立つ豆知識は置いといて、
昨日、ちょっとヤンバル(沖縄島北部地域)に行ってきました。

ヤンバル、とくにその東海岸は奄美大島を彷彿とさせる雰囲気なので大好きです。特に名護市の二見から北に向かうと、もうまるで奄美大島にワープしたかのような錯覚に陥ります。
よって、奄美大島に行きたくなったらとりあえずヤンバル東海岸をドライブする私です。

嘉陽集落の海岸とかかなり良いですよね。
a0147023_19574223.jpg

写真は嘉陽で「キョウ」と呼ばれている岩。
奄美などで一般的に「立神(たちがみ)」と呼ばれるのと同じ類のものです。
異界からシマに渡ってこられる神々は、まずこのような立神岩に降り立つといいます。
a0147023_2025697.jpg

いやー、良いなあ。北部東海岸は。
華やかな西海岸と違って、寂寥の感に包まれてる感じが良いです。
東海岸大好きです。



ところで、私の知人以外でこのブログを定期的に読んでくださってる人(がいれば)は、私が奄美好きであることに気づくかもしれません。
なぜ奄美が好きなのか。
自分でも不思議なので近いうちに頭の中をまとめて書いてみたいと思います。
[PR]
by kooheeee | 2010-02-21 20:16 | 文化的な何か

新正おばさん

困ったことに、近頃また眠りが浅いです。南西レコードです。

以前のこの頃と比べたらだいぶ眠れてはいるんですが、それでもやはりもうちょっと眠っていたいです。
睡眠の質の悪さが日中の仕事に響いたりしたら嫌ですよね。それに私は一日に12時間以上寝ないとお肌のコンディションが悪くなってお化粧のノリが(略)


さて、旧正月ですね。
みなさん、良い正月を過ごしていますか?
…と言ってももう今では、正月をはじめとした年中行事を旧暦で行なうって人も少ないでしょうが。
しかし、糸満方面や与勝地域では今でも旧正月の習慣は根強く残っていますよね。

旧暦とは、つまりは太陰太陽暦のこと。月の運行をもとにして定められた暦です。

地球の海の潮の満ち引きってのは、太陽よりも月の力によるところが大きいらしいじゃないですか。
で、糸満も与勝も昔から海と深くかかわってきた地域ですよね。そう考えてみたらこの両地域で旧正月が根強いってのも何だかうなずけて、興味深いというか感慨深いというか、こじ付けであるとは思いますが、とにかくアレです。ロマンはありますね。

そして話はずれますが、地球は7割が水。人間の体も7割が水。
そりゃ人間も月の動きの影響を受けないはずはないよなー。


そう、正月といえば、父から「新正おばさん(新正月おばさん)」なる存在の話を聞いたことがある。

今年で63歳になる父がまだ少年で、沖縄において年中行事が旧暦から新暦に完全に移行していなかった頃。
新暦の正月が近づく時期になると、「正月は新暦で祝いましょう~」と、広報マイク付きの車で町を呼びかけて廻るおばさんがいたそうです。
子供たちはそれを「シンショーおばさん」と呼んでいたと。

なんだろう。やっぱ市役所の職員とかがやってたんだろうか。


それにしても、どこの地域の小学校でも、学校の近所に「おはようおじさん」ってあだ名を付けられるおじさんが必ずいましたよね(談)
[PR]
by kooheeee | 2010-02-15 03:37 | 文化的な何か

あけましておめでとうございます!!

あけましておめでとうございます!正月ですね!旧暦の!
今年も皆様にとって良い年になりますように。

え?バレンタインデー?

いやいや、アレはわれわれ南西諸島の神概念におけるボスたちとは事務所が違う人のお祭りですから(´∀`)ハッハッハ

だから旧正月の方が重要度が高い(と思いたい)です。

さて、というわけで、一昨日に東京から帰省してきた友人と、朝から金武町の大川(うっかがー)にスディ水を汲みに行ってきました。

a0147023_1021795.jpg


相変わらずものすごい水量です。
これでお茶を沸かして飲みます。良い年になりますように。

金武観音寺にも行ってきました。
a0147023_1183037.jpg


寺の庭って良いです。
a0147023_1184937.jpg


a0147023_112031.jpg


それにしても、やっと厄年が終わった~嬉しい~(;д;)…って去年末からそんなことばかり言ってますが、それくらい去年はいろいろあったんです。大目に見てください。

そしてこれ↓は金武町内にあった、うるまの名を背負う良い感じの食堂です。
a0147023_10304398.jpg


さすがにもう営業はしてないのかな。


さてさて、とにかく良い年になりますように。
今年もよろしくお願いします。



※スディ水=産でる(すでる)水=若水です。

[PR]
by kooheeee | 2010-02-14 10:39 | 文化的な何か

青年会活動での悩み

沖縄島、とくに中部地域の青年会では、エイサーがその活動の中心になっているところが多いですね。
場所によっては本当にエイサーしかやらない、ってとこも。

けど、青年会活動の本質とは?
私はそれは間違いなく地域活動だと思う。エイサーはあくまでもその一環。

しかし、エイサー演舞があるときにはよく青年会に来るけど、地域行事の手伝いとかにはまったく顔を出さない、という若者が多い。
うちの青年会も然り。
地域行事手伝いの時の人の集まりがあまりにも悪い。

青年会は地域自治会があって初めて存在できる組織。
地域社会がなければエイサーも何もできなくなってしまうのに。
青年会員はその自覚を持たなければならない。

なんか、シマ社会での生活感覚を残している会員、またはシマ社会に憧れを持っている会員だけが、永遠に青年会のなかで苦労をし続けていく気がする。
これじゃいけないですよね。青年会がバラバラになってしまう。



いかんいかん、年をとってしまったせいか、朝から愚痴っぽくなってしまいました。

オキナワーーガーーースーーー(・∀・)(・∀・)(・∀・)♪

といった意味も含めまして、南西茶屋でした。おはようございました。

あ、今日は節分ですね。豆を撒き散らして遊ぼう!
[PR]
by kooheeee | 2010-02-03 06:15 | 文化的な何か

続・真喜良のエイサーのこと

以前テンションを上げてお送りしました、石垣島真喜良のエイサーについて(これ)。
なんか「真喜良エイサー」でググってみたら、普通にこんなの出てきました。
上から6番目の写真。
なんだ、こんな祭りに出るほどメジャーだったのか。
つまり1人で盛り上がってた私はまさにピエロですよ。ピエロ。みんな笑うがいい。
すみません。

そうなんですよ、今日仕事でうるま市与那城の海の文化資料館に行ってきたんですね。海中道路のあやはし館2階にある。
そしたらそこでもらった紀要に、その真喜良にある屋慶名部落についての文章が載ってました。

それによると、明治~大正の時代、半農半漁であった屋慶名の人々が、活動の場を外部に積極的に求めた歴史があるらしい。
その流れの中で、明治43(1910)年頃にとある屋慶名の男性がただ一人で石垣島真喜良の海岸に流れ着き、アダン林の中に小屋を作って住み始めた。それから3年ほどして更に屋慶名から人々が移り住み始め、次第に集落的になっていったとのこと。
で、屋慶名の人が住むその真喜良の一画が「やきな部落」と呼ばれてるらしいです(新川出身の私の後輩は「やきなー」と呼んでいた)。

なるほど。石垣島で屋慶名エイサーを継承する人々は確かにいるのですね。都市伝説じゃないですね。来年絶対観に行こう~。できることならいろいろ聞き取りもしてみよう。気になることは多々ありますからね。

参考図書:
森根清 2009 「八重山にもあった屋慶名部落」 『平成19年度うるま市立資料館年報・紀要』 うるま市教育委員会

*あと、石垣市史にもこの真喜良の屋慶名のことが書いてあるらしいが、まだ未確認です。すみません。
[PR]
by kooheeee | 2010-01-21 23:03 | 文化的な何か

結婚式でのエイサーに思うこと

昨日の夜は、うちの青年会がとある結婚式の余興に呼ばれてたので、私も地謡をしてまいりました。
龍角散のおかげで喉の調子もなかなか良かったし、お客さんも盛り上がって楽しかったです。

しかし、エイサーは本来は盂蘭盆のときに祖霊を慰める為の踊りですよね。
本当ならこのような場で踊るべきものではないよなあ、
と、結婚式でエイサーを演舞するたびにちょっと複雑な思いにとらわれます。

実際にお年寄りの方からは「グソー(あの世)の人の為の踊りをなんで結婚式でやるか!?」と、文句を言われることもあります。

でもまあ、エイサーに「遊び」の要素が多分に入ってるのも事実ではあるんですよね。
現在のたいていのエイサーでは念仏歌の部類の曲は『仲順流れ』くらいのもので、残りの曲目はほとんどが遊び歌です。

かつては念仏歌だけだったけど、時の流れとともに遊び歌も巻き込んで発展してきたエイサーの歴史を考えると、「結婚式で場を盛り上げる為の芸能」として機能する現在のエイサーの位置づけも・・・・まあ受け入れられなくもない。かもしれません。
エイサーは、見た目の華やかさや遊びの要素を前面に押し出して発展してきたものでもあります。

そもそも文化ってのは時代に合わせてコロコロと変わっていくものですしね。
エイサーを踊る側も見る側も、本来は念仏踊りである、ってのを頭の隅に置いておいてくれるのであれば、結婚式エイサーもまあアリなのかな、とは思います(そんなのを念頭に置いてる人は既に超少数かもしれないけど)。

しかし、いくら文化は変わるものだと言っても、エイサーが若者の単なる自己満足の為の自己表現の手段として消費されていくのは、あまり好きじゃないです。
たまにそんな状況もありますよね。

祖霊信仰の感覚が年々薄れていく今の沖縄においては、せめて「地域のために踊る」という意識を若者みんなで共有していきたいものです。


それにしても、文化が変わっていくのって誰にも止められないよなー。。
自分自身も変化を遂げてきた文化の恩恵を受けて生きているわけだから、これから変化していく文化に対してどうこう言う資格は初めから無いのかもしれない。
けどそれでも、自分の既知の文化には愛着を持って、これからの変化に対しては慎重に検討を重ねる。
それが文化の枠組みの中でしか生きられない人間の務めなのかもしれませんよね(談)
[PR]
by kooheeee | 2010-01-10 02:01 | 文化的な何か

屋慶名エイサーと、その流れを組むという石垣島真喜良のエイサーのこと。

なんか過去3回連続して祖母のことばっかり書いてるな(これこれこれ)。

もういっそのことブログ名を「祖母ブログ」にでも変更してしまおうか、
とはあんまり考えてません。南西茶屋です。すみません。


さて、私は沖縄のエイサーが好きなんですが、
そういえば数ヶ月前にたいへん興味深い情報を耳にしました。

石垣島に真喜良(まきら)という地区がありますね。正式な住所としては新川になるという。

で、「その真喜良は実は沖縄島・旧与那城町(現うるま市)の屋慶名からの入植によってつくられた集落であり、そのため真喜良では旧盆のときに屋慶名エイサーの型を受け継いだエイサーが踊られる」(by新川出身の後輩)

というのです!!すげー!!本当かよ!?
なんかもう、ほとんど都市伝説にしか聞こえません。未知な話過ぎて初めて聞いたときは鳥肌立った。

そもそも、その屋慶名のエイサーとはどんなものかというと。

本来エイサーを行っていなかった沖縄島・与勝半島の屋慶名集落では、明治24年から数名の有志によってエイサーが始められたそうなんですね。
その数年後に集落を東西にわけてのエイサーが踊られるようになったそうですが、
昭和10年に東の方が、浜比嘉島のあの伝説の比嘉エイサーの型を取り入れるという革命的なトリックをメイクしたそうです。ノーミスで(かどうかわからんが)。
そして戦後になって東西の踊りを統合して、パーランクーの踊りはその比嘉エイサーを取り入れた東の踊りが、手踊りの方はゆったりとした西の踊りが残されて今に伝えられているといいます。

特筆すべきはパーランクーの踊りですよ。本当にすごい。
大胆なのに一糸乱れぬ足運び、繊細かつ壮大な隊形変化、独特な囃子声、そして頭巾に陣羽織の煌びやかな衣装は見る者の心を掴んで離しません。それは「現代エイサーの雄」とも評されます。オシャレです。
同じくパーランクーを使って踊るものとして、こちらも有名な平敷屋のエイサーがありますが、それらのエイサーが「静」の世界をつくりだすのに対し、屋慶名のエイサーはその対極に当たる「動」の世界を如実に表現していると思います(あくまでも個人的な感想です)。ステキです。

私のとある友人はその屋慶名エイサーの大ファンで、彼曰く、
「屋慶名エイサーの古い映像を見たけど、踊りの型も20年ほどの時間の幅で見ると変わっているところがけっこうある」
とのこと。
20年ほどでも違いがあるなら、それより前はいったいどんな踊りだったのだろう…見てみたい。

だから、かつての屋慶名から分かれてきた真喜良のエイサーには、もしかすると屋慶名エイサーの古い踊りの動きが残っているのではないか。これが真喜良のエイサーの存在を知った時にテンションが上がった所以です。
昔の屋慶名のエイサーが、本来はエイサーを行わない400㎞離れた石垣島の土地に残されているかもしれない。なかなか壮大でロマンのある話じゃないですか。

真喜良への入植が行われたのが何年ごろのことで、どの時点の屋慶名の踊りが残されてるのか、とか、その屋慶名から持ってきたエイサーをどのように継承してるんだろうかとか、踊りにはどのような差異が現われてるんだろうかとか、そもそも本当に真喜良では屋慶名のエイサーが踊られてるのかとか、かなり気になります。本当に今まで聞いたことなかったし…。来年のお盆にはぜひ観に行ってみたいです。

しかし、なんでこうも昔のエイサーが気になるのかっていうと。
エイサーってのは基本的に、その時その時の若者たちの好みで割と頻繁に踊りが変わっていくものが多いですから。まあ例外もありますけど。
だから「あの頃とはあれが違うこれが違う」といろいろ文句を言うのも野暮ってものですよ。基本的には。ええ。僕ら自身も「若者のやりたいようにやらせてくれ!」って思いはありましたから。
けれどですよ、それが若者の傲慢になってしまうといけない。先輩方がいたから若者も今エイサーを踊れているわけですから。
だから、若者は好きなように踊りを変化させていくけど、最低限のマナーは守るべきで。で、そのマナーってのが、先輩方あるいはそれよりもずっと前の先人たちがどのような形でエイサーなどの文化を継承してきたか、そういったことに関心を持つこと。または、そんなに関心がなくともそのような姿勢を見せること。それがそのマナーなんじゃないかと。そう思うんですよね。(談・都内某所にて)

石垣島のエイサーとして明石のエイサーや双葉青年会のエイサーは知ってましたが、真喜良で屋慶名系エイサーとは…。
残念ながら私は真喜良のことには詳しくないのですが、地元とか本場の屋慶名の方々からしたら別に珍しくもないメジャーな話だったりするんでしょうか。今後ちょっとづつ調べていきたいです。

来年観に行きたいです。
[PR]
by kooheeee | 2009-12-04 17:03 | 文化的な何か

石垣島東海岸の某集落からいろいろお送りします。
by nanseirec
プロフィールを見る
画像一覧
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

ライフログ

最新の記事

どうやったらそんなの思いつく..
at 2012-12-17 20:42
ここしばらくブログ更新離れが..
at 2012-12-15 16:35
3周年
at 2012-12-01 14:00
阿母
at 2012-11-29 00:51
祖母、逝く。
at 2012-11-27 23:59

最新のトラックバック

検索

タグ

ブログパーツ

ファン

ブログジャンル

画像一覧

イラスト:まるめな